企業の設備投資や新製品開発を後押しする「ものづくり補助金」。魅力的な支援制度である一方、採択された場合にはいくつかの重要な要件を満たす必要があります。今回はその中でも経営に直結する「人件費アップ要件」について掘り下げてみます。
ものづくり補助金の人件費アップ要件とは?
補助金の交付を受けた企業は、事業完了後 3~5年間の間に、以下のいずれかの条件を満たす必要があります
- 役員および従業員への給与支給総額が、年率2%以上のペースで上昇していること
- 一人あたりの給与支給額が、都道府県ごとの最低賃金の上昇率を上回っていること
つまり、補助金を受けたら事業完了後の3〜5年間にわたり、人件費を実質的に引き上げ続けなければならないという制約が課されます。もしも最終年度でこの要件を達成できていなかった場合は未達の度合いに応じて、受け取った補助金の返還請求を受けるという厳しい条件が提示されています。
この要件、実際どれくらい厳しいのか?
最低賃金の上昇は年によって異なりますが、近年は全国平均で年2~3%のペースで上昇しています。つまり、一人あたり給与額の上昇率がそれを超えなければ要件を満たしたことにはなりません。
また、給与総額を年率2%で増加させるということは、仮に売上や利益が停滞していた場合でも、人件費だけは右肩上がりにしなければならないということを意味します。固定費の増加は、経営に大きな影響を与える可能性があります。
実際の試算:補助金1000万円を受け取った企業が何年で“損”をするのか?
仮に、従業員数が30名で、1人あたりの年収が400万円(賞与込み)と仮定しましょう。
給与総額は:400万円 × 30人 = 1億2000万円
補助事業完了後3~5年後に、この給与総額が年2%ずつ増加すると、次のようになります。
- 3年目:1億2000万円 × 1.02 = 1億2240万円
- 4年目:1億2240万円 × 1.02 ≒ 1億2484.8万円
- 5年目:1億2484.8万円 × 1.02 ≒ 1億2734.5万円
最終年度までに増加する人件費の合計は、おおよそ
(1億2240万 + 1億2484.8万 + 1億2734.5万) − 1億2000万 × 3 = 約1460万円
つまり、3年間で約1460万円の人件費が増加する見込みです。これに加え会社の社会保険負担も増加します。
補助金が1000万円であっても、導入後にそれを上回る固定費負担が発生します。
当然、導入した設備が生み出す付加価値額が、上昇した人件費を超えなければ赤字となるわけです。また設備資産は経過年数とともに価値が逓減していきますが、人件費は上がり続けることを前提に考えられていることも考慮する必要があります。
補助金は資産か?それとも負債か?
ここで改めて問い直してみましょう。ものづくり補助金のような制度は、企業にとって「資産」なのでしょうか? それとも「負債」なのでしょうか?
確かに、補助金は返済不要の資金であり、短期的には資産として企業にプラスのインパクトをもたらします。しかし、前述のように給与総額の引き上げ義務など、将来にわたる固定費の増加を伴うという点では、見方によっては「負債的な側面」を含んでいるともいえます。
つまり、補助金は帳簿上では資産であっても、実際の経営判断においては”将来にコストを伴う資金”という、半ば「重い資産」として考えるべきかもしれません。
このような視点で補助金を捉えることが、冷静で本質的な経営判断につながります。安く買えると飛びつくのではなく、「将来のキャッシュフローにとってプラスかマイナスか?」という目線が重要です。
補助金を使うべきか?判断のポイント
ものづくり補助金の金額は大きく魅力的です。しかし、短期的な資金援助のために中長期的な人件費上昇リスクを抱えることになります。判断のポイントとして、以下のような視点が重要です。
- 今後3〜5年の事業計画において、対象設備を導入することで安定した売上と利益の成長が見込めるか?
- 給与支給額の増加を、生産性向上や業績拡大によってカバーできる見込みがあるか?
- 不測の事態に対応できるキャッシュフローの余力があるか?
まとめ
ものづくり補助金は、正しく使えば非常に力強い経営支援になります。ただし、人件費アップの要件を軽視してしまうと、補助金が企業の負担になりかねません。
マネジャー株式会社では、こうした補助金活用の可否を含めた資金戦略の助言を行っています。申請前に「本当に今、この補助金を使うべきか?」冷静なご判断を。